悪。この世の悪のすべて。それらを集め、裏漉しをしてから、火がかけてあるひとつの鍋にいれる。ぐつぐつと悪が煮られていくと食欲がそそられるような香りに満ちる。悪のスープ。これを飲めば世界の王になれるという。しかしそれを飲んだものはまだいない。できたスープは煙のように蒸発して世界中へ還っていく。世界はそして再び悪に満ちる。私は嘆息して眠りにつく。殺処分を待つ犬や猫たちのことを思いながら。


カルタヘナソレイユヴィレッジ。複雑怪奇な呼び名のあるマンションの2階。そこに彼女は住んでいる。彼女の名はマダーライダー。美人だ。空の奴隷、キャビーンアテンダントという鳩バスガイドの亜種のような職業に従事している。マダーライダーは暇で忙しい。暇で忙しい上に性行為依存症である。性行為に飢えているが、勤務時間がマチマチなせいで、未来の約束を交わしている彼氏との会う機会は年に12回である。彼氏の名はラモンホスピス。牛のようにでかい身体をもつ。もちろん、あそこは大蛇のようにトグロを巻いている。だが、彼の心臓は蚤と同じくらい小さい。そのおかげで、マダーライダーの肉体的なケアを怠っている。いやラモンホスピスに言わせてもらえれば、こう答えるだろう。ああいう毒婦は年に2回以上は抱いてはいけない。フグのように淡白だが、舌が痺れ、やがてはそれが全身にまわることになるぞ、と。私に言わせれば、マダーライダーは決して淡白ではない。私は常に金欠だが、マダーライダーはその逆で、自分がやりたくなったというそれだけの理由で、大阪までの飛行機代を全額寄付してくる。喜捨という精神とは違う。何より彼女は酒を浴びるように飲む。自分がなくなるまで、アルコールを血に流し込む。私は彼女に呼ばれて急遽大阪に行く。酒場の隅で彼女を見つける。マダーライダーの目が据わっている。冗談のひとつも言いながら、抱き起こせば、泣き言と一緒にホテルのカードキーを手渡される。口からは異常な酒の香りがする。ウォトカ。ウィスキー。火酒。なんでもござれだ。マダーライダーを担いで高級ホテル(社費で八割が支払われる)に入る。どれだけ美人だろうと、彼女に付き合う男はそう多くない。何より、この職業についていて、私のような場末の作業員くんだり以外では、勘違いしたズラ頭の元上司ルインレイダー氏や5年付き合っているラモンホスピスとしか肉体関係がないことから、逆算してもらいたい。彼女は極度に男性にモテない。酒乱とは違う、もっとさかしまな狂気が彼女を神聖なものに変えている。マダーライダーは私とほぼ同じ身長だが、頭も小さく、豊かな黒髪はすばらしく、手足は長く、陰毛も薄く、巨大な脂肪分である乳房はさておいて、ほどよい大きさの乳輪はピンク色だ。脱がしてからベッドに横たえる。マダーライダーは泣き出す。あそこはもう既に洪水状態。嫌な臭いもない。やれやれ。私は彼女のアソコを舐め始める。最低でも30分は夢の国で遊ぶのを彼女は好む。まったくこれだけ書けば、単なるいい女でしかない。だが、真実は程遠い。彼女は空中を浮遊する。善悪の彼岸でたゆたう。文字通り、彼女は悪を煮詰めたスープのような女だった。差し詰め、悪魔が戯れに作った人造人間だった。この後で私はピルを飲んだ女のあそこに挿れたまま3発も射精しなければならなかった。人生の貴重な数時間が消し飛んでいった。


私にも人生があるのか。殺処分を待つガス室に待機する犬猫にも同じくらいに大切な人生があったのだろうか。私にも実は結婚をしたい女がいて、彼女の手料理などを食べて、セックスをしたり映画を観たりすることもある。レンタカーを借りて温泉旅行に行くこともある。だが、炎に包まれて助けを呼ぶマダーライダーの断末魔、これが聞こえてきだすと、ぞわぞわとしてくる。一回りも年下のかわいい彼女にフェラチオをしてもらいながら、胸を指で弾きつつも、マダーライダーの呪詛まじりの喘ぎ声が脳裏に浮かんでくる。宇宙に胎児化したマダーライダーが浮遊している。かわいい彼女の手料理や愛情の籠ったフェラチオ、そしてそれから、嘘をついて、かわいい彼女の家から帰宅する。自宅ではない。カルタヘナソレイユヴィレッジ。むつかしい判断だが、私にはこれしかないのだ。悪はこの世のあらゆる物質の中に溶け込んでいる。それを抽出して味わえる場所はそうはない。そうだ。残念ながら、ここにしかない。