スターニー・スタン

彼女の髪を撫でていると、ミイラを思い出す。生贄に出された古代王国の処女のごとくトウモロコシの髭のような色に半分だけブリーチされた髪。豊かな髪。私の中年の腹に身体をぴたりと付けて心地よい寝息をたてている。滑らかな肌。若さ。それらが渾然一体として宇宙に打ち上げられて、無数の隕石と衝突を繰り返している。愛という日本語はかつてなかった。僕は彼女に説明する。手を使って、声を使って、真理を説く。彼女は見ている。僕の指を、僕の震える声帯を。貴方ってまるで、恐竜みたいなのね。彼女はそれをしながら、言った。僕は彼女の頬や舌の動きを眺めている。宇宙に打ち上げられた猿。宇宙に打ち上げられた犬。宇宙に打ち上げられた僕と彼女。いや、違うわ。貴方は、管制室で見守っていて欲しいの。彼女はだらしがない中年の肉付きの私に跨りながら言った。僕は管制室に引き返す。そこから、かすれる声で、命令を与える。彼女は生贄として宇宙船に乗り込んだ。酸素供給システムが壊れたわ。彼女は悲痛な声で顔を崩して訴える。彼女は膣でイケるタイプの女なのだ。私は彼女の髪を撫でる。彼女のお姉さんは小学生の時に死んだのだ。彼女の使命は宇宙船で犬や猿の代わりに打ち上がり姉さんの形見の貝殻型をしたポーチに蓄えられているガラクタたちを闇黒に還してやることだ。星に触れたか?僕は聞いた。彼女はけだるそうに、まあねと答える。愛という日本語はかつてはなかった。愛宕権現の当て字なのだ。サクリファイス。彼女の姉は生贄としてこの世から消えた。星がひとつ堕ちて、彼女の姉は妹に呪いをかけていった。星に触れると死も愛も何もかもがどうでもよくなるのよ、彼女は言う。僕は言う。君の瞳は虹のようだ。それって口説いているの?彼女は笑う。もう何回寝たかも忘れた相手を口説く男がいるの?僕は服を着る。彼女は彼女の部屋の玄関まで、ドブネズミ色のTシャツ一枚羽織って僕を見送る。僕は彼女の家を出て夜の星々を眺める。星は震撼し、歌っている。地上に残された恐竜たちは管制室に閉じ籠り壊れた酸素供給システムを直す方法を探している。トーストにはチーズを乗せる?正味の話。全く忙しくしている奴らには何も言うべきことがない、と彼はひとりごちながら、長い地下への道を堕ちていった。